“できない私”がつくった、庭の台所

それまでの私は、簡単に言えば「できない人」でした。
コンプレックスのもとは、料理と庭。
できないというより、避けて生きてきたんです。
そんな自分が変わったきっかけが、この「庭の台所」だったのです。

暮らしをつくっているのに、暮らせていない

私は住宅の設計という仕事にたずさわっています。
住まい手の暮らしを形にする仕事。
当時の私には苦手なテーマが2つありました。

一つは、料理の話題。
自分で調理をしないので、キッチンは設計できても、調理の作業手順には踏み込めない。
キッチンの動線も、植栽の配置も、図面の上ではちゃんと設計できます。
でも、スパイスラックの位置とか、便利グッズの話題になると
ちょっと置いてけぼり。料理をしない自分には、
実感のないことが多かったのです。

もう一つは、庭の話題。
リビングを延長するようにウッドデッキを設ける提案は楽しいのですが、
適した樹種の話になると、口ごもってしまう。話せても誰かの受け売りです。

周囲には優秀な協力者たちがいて、仕事としては成立します。
けれど、経験していないことは、実感を伴う言葉として出てきません。
苦手なこの話題が出るたびに、アセる私。

キッチンって、なんだろう?

あるとき、キッチンという存在について改めて考えてみたことがありました。

最新のシステムキッチンには、家事の負担を軽くする工夫がたくさん詰まっています。
手入れのしやすい素材や収納、作業効率まで計算された設計。
でも、その役割を突きつめていくと、「洗って・刻んで・焼く」ための場所。

ということは、水と火さえあれば、いいんだよね。
それなら庭でもできるんじゃない?
つくれるんじゃない? 自分用のキッチン!

思いつきの勢いに任せて、図面を描き始めました。これが楽しい!
グリルの寸法は、ホームセンターで手に入る網が使えるサイズにしました。
炭を置く高さ、焼き網の高さ。
耐火煉瓦の寸法を調べて、必要な枚数割り出して。
計画がどんどん具体的になっていきます。

庭に、自分でつくってみる

いつもは設計したものを、誰かにつくってもらう仕事です。
自分だけで完結する仕事じゃない。その楽しさもあるんだけど、
たまには自分だけで完結するようなこともやってみたい!

自分の庭だし、失敗したらやり直せばいいし。
こちらには素人最強の武器、「たっぷりの時間」があります。
完成するまでやり抜けば、絶対完成する。
と心に言い聞かせ、いよいよ作業スタートです。

最初は、水場づくりです。排水管と水道をつくります。
配管を埋める作業が大変でさっそく泣きそうです。
今からでも職人さんに頼もうかなーと何度もよぎります。

そうこうしながら、どうにか完成!
水道管には断熱材を巻いて凍結防止対策も万全です。

次につくるのは「かまど」。
煉瓦を仮積みして部屋から見える角度を調整します。
せっかくなので、庭の風景にしたいのです。
こんな一等地で失敗なんてできない、背水の陣です。

またまた泣きそうな地味な作業が続きます。
重い煉瓦を受け止める基礎づくり。煉瓦は運ぶだけでも汗だくのヘトヘトです。
ここまできたら職人さんに頼もうなんて頭をよぎることはありません。

水平を合わせるのに苦労しました。調整するたびどこかが違って
だんだん基礎が厚くなっていきました。
水平の大切さは設計者という仕事がらよーくわかってます。

こんな重いもの、傾いてやり直しなんて絶対イヤですからね!
汗みどろのボロボロの私。
少しずつ、つくりあげた「庭の台所」。

火をおこし、料理をする

最初の火おこしは、ぜんぜんうまくいきませんでした。
火がついてもすぐ消えてしまう。煉瓦が温度を吸収してしまうみたい。

煉瓦から炭を浮かせるよう工夫しました。
酸素の通り道を考えながら、試行錯誤の連続です。
燃えやすくしすぎると、炭があっという間に燃えて不経済。
火力が強くて調理に向きません。

火力調節のコツもつかみました。
簡単なバーベキューなら、もう怖くはありません。

もう少し料理らしいことをしたくなったので、
スキレットをそろえてローストポークに挑戦しました。
香ばしい香りにつられて家族もやってきます。

はじめて「料理」で褒められました。

庭の台所が、家族の場所になっていく

「次はいつにする?」
「こんどはマシュマロ焼こうよ」

今では、庭の台所は、家族にとって「普通の存在」です。
つくりあげる前の「できない人」と自信がなかった私ですが、
今は、「庭あそびできる人」になれた気がします。

これからの、庭の台所。

私は、この庭全体を台所と見立てています。

冷蔵庫はないけれど、もぎたての果実を味わえる。
シンクがわりの水場があって、
調理ができるかまどもある。

野菜を育てて消費する庭ではなくて、
家族と一緒に成長を楽しめる、果樹が育つ庭にしたいです。
果樹は、少しの手間で育ってくれるのがいいところ。

育て、収穫し、食する。
それぞれの場面が家族の普通になっていく、
そんな時間を、あなたにも感じていただけたらうれしいです。

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